前世からの積み重ねが今

今まで前世を信じていなかった。様々な仏教やヨガの教えを読み込んでいくうちに、前世は存在すると確信に至る。


なぜならば、仏陀が悟りを開いてからこれまで、延々読み込まれた仏教の本には1度の人生ではできなかったことを、生まれ変わってまた仏陀に触れることにより、新しく仏教の教えをいただくのではなく、《思い出して上書きしていく》のだと感じたからだ。


また、ヨガにも一度ヨガに触れたものは生まれ変わりまたヨガを学び、そうして繰り返し究極を極めていくとあった。


仏陀が生まれてこの方、教え伝えられた重要なことは《執着をなくすこと》である。


また、執着をなくすことの果てには《》が待っている。


生きることに、意味はないと仏陀は説く。


それは、また同じくヨガの究極の教えにも共通する。



わたしは何が言いたいかと言えば、これを感じたときにこの今の時代のために、子々孫々、先祖代々、前世の人間、様々な言い方はあるが、この境地に近づかなければ新しい世の中に順応できない、または生きづらいとはるか昔に予言して、直感して、もともと持っている人間の執着心や欲求、自分の本心から外れやすい心の弱さを未来に向けてものすごい長い時間をかけて変える計画書のように感じたのだ。



この現代世界は利便性に溢れた一方で、その利便性ゆえに手持ち無沙汰になった時間などをお金を稼ぐために使い、また自分の欲求を満たすために行動し、昔ほど行動そのものが命と直結することが少なくなった現代では無意識に刺激を求めたり、本来見なくてはいけないはずの自分の心や他人の心、自然との調和をまるで考えなくなった上に、さらなる利便性を求める。


先に述べたブッダやヨガの教えとは真逆に世界は進んでいく。


わたしたちは、何かを得ているものや何かを持っているものを羨ましがる。その持っているものとは、見えるものである。


けれど、本当に持っていてうらやましがりたいものは、物質的に満たされた人たちではなく、何にもとらわれない、ただまっすぐに生きている人、そのものである。


どのような環境に生まれ、どのような状況に置かれても、腐らず、ただまっすぐに人間は生きていくことができる。


そのまっすぐさが本当は誰しもが欲しいものである。


これからの時代は、(物質を)求めれば求めるほど困窮し、手放せば手放すほど必要なものが手に入る時代ではあるまいか。


これからの時代は、今までとは生き方が逆になる。


執着を持てば持つほど苦しみ

欲を満たそうとすればするほど苦しみ

執着をなくせばなくすほど楽になる。



何千年かけて仕込んできた計画書には狂いはないと感じている。


なぜなら、この計画書も計画が進めば必要が無くなるからだ。


つまり、宗教は必要なくなる。


わたしたちの体の中に存在する、すべて宗教で最も必要な執着や欲求が限りなく薄くなり、無の境地にいかざるを得ない時代が始まったから。


執着とは複雑に絡み合った糸のようなものである。執着とは何かを自分で探していくと、必ずどこかに見えてくる


リリバリYOGA

古典インドヨガ&整体理論の融合 目指せ自分軸!ブレない強い自分を作る! 静岡県静岡市にある整体サロン リリバリボーテの中の人が体を通じて心身ともに健康になってもらうべく、YOGA教室スタートしました。 わたしと一緒に、自分史上最高な心と体を目指しませんか。